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真剣30代!しゃべり場(宮本) (195) |
2008/10/29
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カテゴリ: 真剣30代!しゃべり場(宮本) :
執筆者: miyamoto (12:18 pm)
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通勤電車の中は、朝晩問わず、ホントに憂鬱でイライラすることだらけです。 ひとり口呼吸に専念していることを誰かに宣言でもするかのように鼻毛をビッシリと有り得ないレベルに繁茂させた労務者風(っていうか、そのものズバリ!)のオッサンは、マナーモードという機能どころか「マナー」という概念の存在すらもまるで知らないのかと思わせるほどの大声で何度も携帯電話での会話を繰り返し、別のオヤジは「ココ、お前ンチのリビング?」ってくらいのツッコミ入れたくなるようなワガモノ顔で、盛大に新聞おっ広げたまま、明らかに威厳というものを履き違えた風のムズカシイ顔で、株価やプロ野球の結果を絶賛確認中。さらに耳を澄ませば、これまた中年のオヤジ(オヤジの公共の場での傍若無人ぶりはここのところ尋常じゃありません!)は、インテリ気取りか、電子辞書をピッピッピッと耳障りこのうえなくひたすら鳴らしながら、調べものだかなんだかを朝イチから熱心に展開してくれちゃってるわけなんですが、良く見ると、当のオヤジの耳にはご丁寧に黄色い耳栓が!・・・どういうことだよ、オイ!? そんな都会の忍耐修練所たる電車の中で、この間奇跡的にイイ光景を目撃しちゃったので、ひとつ。 夜9時前、愛しの湘南新宿ラインに新宿駅から乗り込む人の数は、何度目かのピークを迎えます。駅のホームにはやって来る電車内で少しでもイイ位置キープしたいっていう、通勤帰りの人がズラリと列を成しています。その数はひとつの乗車口ごとに平均して15人から20人程度。そんな中、居並ぶ列の中間にひとり佇む青年アリ。年の頃は、ハタチそこそこといったところ。イヤフォンをし、さも「チェゲラッ!」とか言い出しそうなダッポリ系のファッションに身を包んでおります。きっと、ひとつ先かなにかの電車を持っているんだろうな・・・。お人好しにもほどがあることで近頃皆様にご心配をかけっぱなしの筆者でなくても、きっと、そう思ったはず。しかし・・・!電車が到着、扉が開くと、チェゲラはシレッと当たり前の権利行使よろしく真っ先に電車内に乗り込み、こともあろうか、時間帯的には高嶺の花甚だしいリーマン諸氏垂涎の座席までゲットしてしまったのです!そう、まるで世間知らずの36歳に「人を信用し過ぎんなよな」なんて教えてくれてでもいるかのように。 彼に遅れて車内に乗り込んだ人たちは、皆当然不機嫌そう。座りたいのはヤマヤマ、誰だってそう。疲れた身体を引きずって座席ゲットのために電車を一本見送ってポールポジション(湘南新宿ラインユーザー用語で『電車待ちの列の先頭』の意。念のためウソです)を確保するなんて人も中にはいるはず。そんな共通の願望を、横入りにも似た卑劣かつ原始的なやり方でもって、いとも容易く打ち砕いたチェゲラの行為。皆きっと怒り心頭のはずです。さすがに、ものわかりよく気が長いことで内外問わず広く評判の筆者しかり。 でも、誰もそんな不届き極まりないチェゲラに注意する人はいません、そう、正義漢の権化と密かに囁かれている筆者をしても例外ではなく。まして、そんな極悪非道を地でいくチェゲラに対して、怒りの念を表明する者すらいないのです、そう、普段は極めておとなしく穏やかな笑顔を絶やさないのだけれどここ一番では自ら犠牲になってでも言いたいことを冷静かつ理路整然と口にし率先して巨悪に立ち向かうヒーローに変身することでつとに有名な筆者も、この時ばかりは例外ではなく。せいぜい不快感の表明として聞こえよがしの舌打ちをするのがセキノヤマ。・・・切ない!沈黙するその心に巣喰っているのは、チェゲラに対する恐怖心?出過ぎた自分に向けられるであろう好奇の視線をあらかじめ警戒した結果の、大人の態度に名を借りた自己保身?それとも、世間全般に対する諦めの念? そんな不愉快な空気が充満する中、電車は新宿駅を出発。皆、そんな怒りや不快感から頭を切り替えるのがとても上手らしく、ひとり我関せずのまま音楽に夢中のチェゲラの行動とその存在を脳裏から消し去る作業に新しく移り始めている様子。ある人はそんなことにかかわずらってる暇はないという大義名分を手馴れた感じに引っ張り出して、またある人は例の舌打ちひとつで自分の感情に無理矢理ケジメをつけるかのようにして。みなさん、ホントに大人です。 どうしたって許しちゃいけないことって、ないのか?それでも筆者のカタイ頭の中には、そんな思いがムクムクと沸き起こって来てしまうのです。そんな暇はない、若いヤツなんてあんなもの、関わんない関わんない。一番目「そんな暇はない」論は、ズバリそういう問題じゃないっていうのは明白なことだし、当の本人も奥底のどこかでは詭弁じみた自論に無理があるってことも薄々自覚しているはず。したり顔で「そんな暇はない」と自分に言い聞かせることで、大人らしくいることなんかよりも確実に重要なことから目を背けているだけに過ぎないのだけれど、皆いろいろと忙しいようで・・・。 二番目「若いヤツなんてあんなもの」、これは「そんなものじゃないって!」のひとことで容易く片づけられるお話。世代の問題、時代の問題ってのもまるでナシとは言い切らないけれど、自分がハタチの頃、同じようなことをしたかどうかなんてのは、本人が一番よくわかっているはずのこと。「アイツは挨拶もロクにできないけれど、自分だってその年頃の時は似たり寄ったりで・・・」。有り得ない話だし、本当に同じようなものだったのだとしたら、不快感も怒りの感情もまるで沸いてこないはずではないでしょうか?要は皆、大人のクールな対応を気取って、重要な問題から逃げているだけのこと。見過ごしていいわけがない、重大な問題から! 三番目の「関わらない関わらない」、筆者は恥ずかしながらコレに属するのかと自覚している次第です。こう見えても、長年人並みにノーマナーな世間の風に吹かれっぱなしなのに加え、やっぱり若い兄ちゃんに公共の場で無様にブン殴られるなんて惨劇じみたオチに一枚噛むのは喜ばしいことではモチロンなく・・・。だからって、イイというわけじゃないのは言うまでもないことであって、大人のフリをしている連中と大差ないどころか、まるで同類って事実は間違いのないことで・・・。 そんなモヤモヤ逆巻くイヤ〜な雰囲気の中、発車間もなく、チェゲラの目の前に大きな人影が。娘と思われる小さな女の子を連れた中年の外国人です。隣の車両からわざわざ移ってきたらしい彼は、不法にせしめた座席に何食わぬ顔で座り続けるチェゲラに面と向かうと、その眼前に太い指先を向け、堂々とこう言い放ったのです。「ヨノナカニハルールガアリマス。ワカル?アナタノシタコトハシツレイナコト」。若干の熱を帯びてはいるけれど、至って冷静に、しかし、確固たる意志が濃厚に込められた片言の日本語。目の前のチェゲラは呆然としています。「ワカリマスカ?」。外人さんは構わずたたみかけます、まるで接触不良で感度がオカシクなった古いラジオを叩いて直す荒療治よろしく。「・・・・・・」。これといって動揺するわけでもなく、チェゲラは首から上だけを前に平行移動させる、オツムが緩くコミュニケーションもロクに取れない輩がしがちな、丸っきり謝罪になってない謝罪じみたクソな挙動をしてみせました(ホントにバカなんだな。こういう輩の生態についてはまた改めて!)。 チェゲラのその動作を一応の落としどころとしたのか、外人さんはおもむろに頷くと、自身の娘に向き直りました。そして、大学受験英語どまりの拙いヒヤリング能力しか持ち合わせていない筆者をしても、こういう感じのことを言っているのだろうなということがわかる雰囲気を持って、穏やかに、でも、これまた確固とした意志の色だけは失わないトーンで、娘に語りかけました。「彼がやったことはいけないことだ。ああいうことは決してしちゃいけない。そして、それを見過ごすような人間にもなってはいけない。それは同罪に等しい愚かな行為なのだからね」。完全にイメージ先行の当てずっぽうな訳なんですが(特に後半・・・)、「なっ、カッコイイだろ、パパ、こういうの見過ごせない正義の保安官風でさぁ!」と言ったわけでは多分ないことくらいは、大学受験に二度も失敗した筆者をしても明白なわけで。 そして、もうひとつ、小太りなビッグダディに驚かされたのは、そのままそこに居続けたということ。彼、そんなやりとりが済んだ後も、チェゲラの前に娘を連れて居続けたのです。普通は少しは距離を取るでしょう?いや、少しでも距離を取りたいと思うのが、普通の感覚ではないでしょうか?まるで逃げるように捨て台詞よろしく別の車両へ移ったところで、彼がひとり見せたサムライっぷりが放つ後光には1ミリの影も差しやしないというのに。現実問題として、普通はまず気まずくて居づらいし、なにより揉め事を、もっと端的に言えば、身の危険を避けるため(まして小さな娘がいっしょなのですから)にも、そこには居続けないでしょう、どんなマッチョな正義漢であろうとも。ビッグダディをそこに居続けさせたものとは一体?きっと、自分のしたことに一点のうしろめたさもないから、その場に居続けられるのでしょう。彼にとってはその場を去る理由というものがなにひとつないということなのでしょう(チェゲラより身体がひと周り大きいって事実は置いといて)。 やがて二駅目くらいでチェゲラは電車から降り、その空席には別の若者が座りました。時を同じくして、ひと駅目で運良くチェゲラらの向かいに位置する席に座ることができた筆者の隣の席に座っていた人が降りました。3人掛けの席の真ん中に座っていた筆者は空席にひとつ詰めます、これと言った大意もなく。たまたまそれに気づいたビッグダディは、そこにできた空席に座るよう、娘に促します。そして、驚くべき言葉を眼鏡をかけた5〜6歳くらいのかわいらしい娘に言わせるのです、こともあろうに「見過ごした」筆者に向かって。「ドウモスミマセン」。ひとり狼狽し、「とんでもございません」と手と首をチグハグに振りながら何故か引きつった笑顔を見せる筆者は、ひと昔前のハリウッド映画に出てくる首からカメラを下げた出っ歯の間抜けなジャパニーズビジネスマン風だったことでしょう、きっと。 ビッグダディ劇場はまだ終わりません。ひと際多くの降車客が期待される通称「勝負どころ」の駅で、例のチェゲラらが座っていた3人掛けのシ−トに空席ができました。筆者にさりげない目配せをしながら娘と並んで座れる向かいの席へと移るビッグダディ。めでたく愛しの娘と隣合わせです。ところが、間髪入れず彼ら家族の目の前を空席探しつつ通り過ぎたのが、50代前半と思われる御夫人。まずは、言い訳ひとつ。その女性、筆者のマナーガイドラインに準じると、まだ席を譲るカテゴリー入りを果たしていない年の頃なのです。むしろ、席を譲ろうものなら、気を悪くされかねないようなお年頃と言っても過言ではありません。よって、筆者はスルー(都合良く?)。・・・ところが、ビッグダディ、わざわざ呼び止めてまで、その御夫人に席を譲ろうとするのです!その体躯に似合わない機敏な動作には、迷いのカケラも見当たりません。フルスイングです。困惑し遠慮する御夫人に手招きし続けるジェントルマンなビッグダディ。その瞬間、太鼓腹を抱えたなんの変哲もない見知らぬ中年外国人の姿が、御夫人にはきっとジョージ・クルーニーにでも見えたことでしょう。 まだまだ終わりません、感動のビッグダディ・ショー!っていうか、ここからがクライマックス。恐縮しながらも好意を受け入れ、席に着いた御夫人。その次の瞬間、席を立ったビッグダディを見て、3人掛けのもうひとつに座っていた青年が席を譲ろうとするのです。そして、顔をしかめて恐縮する我らがビッグダディに向かって青年が恥かしそうに言ったひとこと。・・・「家族なんだから」。 全米が泣いた! 青年はビッグダディと娘の礼の言葉を背に、最寄の扉のあたりまで歩いていき、そこにもたれかかるとはにかむように目を伏せました。OH、イッツ、テンケイテキ、ジャパニーズ!トテモ、オクユカシイデスネ!! 世間も捨てたもんじゃない・・・と思うのと同時に頭をよぎったのは、こんな想いでした。アメリカ人(国籍はあくまで推定ですが)って生き物はどうしてこういうことが自然に出来るのだろう?いけないことを断固見過ごさないその精神、そして、当然なすべき善行に対する「ためない」と「てらい」のなさ。もう彼らにとってそんな行動は、根強くインプットされた習慣みたいなものなのでしょう。そこには、筆者を含む日本人みたいに「う〜ん、どうしよっかなぁ〜」なんてまどろっこしげなワンアクションはまるでないように見えます。ワン、ツー、ドンではなく、彼らの場合、ワン、で、もうド〜ン!なんです(長嶋風)。きっと、イイ意味で宗教というものが生まれた時から身近にあるが故の、モラル、あるいは美意識なのではないでしょうか?どっちかというと、神様系を全肯定できるクチではないのですが、コレはコレで(特に幼い子供などにとっては)素晴らしいことなんじゃないのかな・・・とさえ、早合点なりに思わされてしまいました。 横浜駅で降りるハニカミ王子にダディと娘はすかさず、本人に聞こえるように(コレ、大事!)、伝わるように(コレも大事!!)、片言ながらしっかりとした口調で礼を言いました。続くように、あの御夫人も。ダディは発車間際、ホームにいる駅員に向かって「ホドガヤ、トマリマスカ?」と大声で確認します。まるで要領を得ない駅員がポカンとしているうちに扉は閉まってしまい、ダディは仕方なく走り出した電車の中で路線図とニラメッコ。やがて、確認できたのか、未確認のまま諦めたのか、判別しかねる微妙な表情のまま席に戻ってきたビッグダディ。ご承知の通りあさましい精神を持つ筆者は、今更ながら、美しいストーリーに脇役でもいいから関わらせてもらいたくて、必死にダディの目線を追います。そして、ひとこと、「ネクスト!」。カッコイイ〜〜。ダディも微笑み、頷いてくれました。普段は駅員なんかに堂々と母国語で問い合わせている外国人さんなんかの姿を見るにつけ、「ここはニッポン!アナタたちが歩み寄りなさい!!」くらいに思ってたはずなのに、たかだかこれくらいのことで相当うれしくなっちゃってるオレって・・・ホントに安いなぁ・・・。 ビッグダディと娘さんは、無事保土ヶ谷駅で降りていきました。御夫人の笑顔とお礼の言葉を受け、筆者にもしっかりと「アリガトウ」のひとことを残して。走り出した電車の窓越しに娘の手を引く大きくて頼もしい背中を見ながら、筆者は清々しい気分とは裏腹に、ひとつの後悔の念にもさいなまれていました。あなたはどうしてああいう行動が取れるのか?なにがそうさせているのか?恥ずかしがらずに聞けば良かった。でも、すぐに、最後まで恥かしそうにしたまま電車を降りていったハニカミ王子の後ろ姿を思い出し、そういうことをズケズケと聞けないところも、ニッポンジンのイイところだよなぁ・・・と自分自身に言い聞かせたのでした。それは断固、大人のフリをして大事なことを見過ごすような精神とは、似ても似つかぬもののはず・・・とも同時に言い聞かせながら。 |
2008/09/26
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カテゴリ: 真剣30代!しゃべり場(宮本) :
執筆者: miyamoto (5:18 pm)
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こうでいいよなぁ・・・でも、あの人はこう言うしなぁ・・・こっちが間違ってんのかなぁ・・・。 そんな感じに長い間ウジウジと保留にしていた頭痛のタネが、第三者のちょっとしたひとことで気持ちイイくらいにあっさり氷解しちゃったってこと、皆さんにはありませんか?いや、筆者には今月「あった」ってだけの話なんですけれど・・・。ま、その第三者のことを信用できるかどうかってのが、めちゃくちゃ重要なんですけどね。思わせぶり〜〜。 今回紹介する映画は「オトコなら30過ぎたらこうありたいネ!」部門ハリウッド永世顧問であるアル・パチーノ兄貴主演の『インサイダー』。これ、ズバリ、オトコが試される映画です(あえてタジマヨウコ女史あたりの逆鱗に触れそうな表現で)。 映画『インサイダー』(1999年アメリカ) 監督:マイケル・マン 主演:アル・パチーノ ラッセル・クロウ クリストファー・プラマー 実話がベースになっているというストーリーはこちら。ネタバレ覚悟ならどうぞ。 アメリカの国民的な人気ドキュメンタリー番組『60ミニッツ』の敏腕プロデューサー、バーグマンの元に、何者からかある日届けれらた分厚いファイルはタバコ産業の隠れた闇を告発するもの。それを元にバーグマンは告発番組をつくろうと、大手タバコメーカーB&W社の元研究開発者、ワイガンドに証言インタビューを求める。しかし、そんな動きと前後して、ワイガンドの元には、B&W社から脅迫まがいの様々な妨害工作が。エスカレートするいやがらせは、ついに自宅のポストに銃弾が置かれるという事態にまで及び・・・。ワイガンドは、怯える家族への思いと不正を知りつつも口を閉ざそうとしている自身への良心の呵責との板ばさみに苦悩しつつも、バーグマンらに支えられ、インタビューに応じ、法廷で証言することまでを決意。しかし、今度はバーグマンの側に問題が発生する。タバコメーカーからの訴訟を恐れた局の上層部が放映中止の方針を打ち出したのだ。一転、四面楚歌。社内での立場とジャーナリズム、そして、情報提供者(この場合はワイガンド)だけは裏切らないという自身がこれまで貫いてきた哲学との間で揺れ動くバーグマン。そして、家族に去られ、番組が一向に放映されない状況に追い詰められたワイガンドはバーグマンへの不信を募らせていき・・・。 こんな具合に、内部告発者とメディア側の人間、そして、告発する側、される側、それぞれの組織という相関関係のくんずほぐれつぶりを、一貫して抑え目なトーンで不気味なくらい静かに描いていく『インサイダー』。当事者それぞれに家族があり、上司がいて、同僚がいて、社内や業界内の縦&横のつながりやしがらみがあり、社会的体面的なものも大いにあるわけですから(さらに厄介なのは莫大な利権が絡んでるときた!)、事態は複雑怪奇極まりなく、そんな構図に目を凝らすだけで「ちょっとドス黒い大人のワケアリ社会化見学映画」としても、かなり楽しめます。実話ベースということで、登場人物や組織の名前などが実名のままっていう点も、なんだか生々しくて妙に凄みアリ。メディアの勉強をしている学生さんなんか(特に硬派な報道志望なんて人)には良い教材にもなるのでは? ・・・ですが、この作品最大の見所は実は他にアリ!そう、信念とは?、あるいは良心とは?という根源的で巨大な命題を見る者に突きつけてくるってところが、この映画のスゴイところなのです。 さあ、みなさん、それぞれ目を閉じて考えてみて下さい。・・・仕事の都合を口実に彼女とのデートをドタキャンしたけれど、実はあの時、男友達との飲み会に行ってましたってアナタ!シラバっくれたまま、次のデートで愛しい彼女の顔を正面からちゃんと見つめられますか?ママのお財布からほんの出来心で500円失敬しちゃったっていう小5のキミ!待ちに待った楽しい夕飯時、「コレ、オイシイ!」なんて、いつものヤッくんのモノマネ、ママに向かってできますか?親戚の不幸を理由にシレッと忌引きもらって友達とストレス発散の小旅行しちゃったってOLサン!リフレッシュ完了後の出勤初日、いつもは仏頂面の小ウルサイ上司から「このたびはご愁傷さまでした」なんて神妙に頭下げられちゃったら、どんな顔で、どんな言葉返すつもりですか? 皆失うものの大きさに戦々恐々! 言えばイイんです、本当のことを!いや、断然言うべきなんです、精神衛生上の問題とか、そういうことでは全然なく!!その結果、失うかもしれないものの大きさにおののき跪くか、それとも自分の信じた道を往き、然るべき失うものを失いつつも、本当に失ってはいけないものだけを守り続けるのか?どうあがいたって、その単純な二者択一しかないのですから・・・。大切なのは、やっぱり、良心だって!「正義」だって!オトナ気取りの狡猾でコスイ駆け引きなんて、クソ喰らえって!そうまでして保ったものに、一体どれだけのマトモな関係が存在するって言うのか?アオイとか、カタイとか、融通がきかないとか、そういう問題じゃないよなぁ・・・絶対。でも、当然、自分のケツは自分で拭けってのが当たり前の代償だから、そこがなんとも悩ましくもシビアなわけで、微妙な嫌悪感なんとなく感じつつも、みんな二の足踏んじゃうんだろうけれど・・・。 そんなオトコっぷり(モチロン、性別のことではありませんよ!)が試される映画『インサイダー』、社会的にはかなり邪魔なサムライ魂にも勝手にスイッチ入れてくれちゃうアリガタ迷惑な映画でもある『インサイダー』。それぞれの信念を貫こうと四苦八苦しつつわが道を進み続ける男を演じるイカしたベテラン俳優ふたりの姿だけでも十分見るに値するんですが、自身の誠実さ加減の襟を正すきっかけづくりにはこれ以上なくうってつけの一本ですので、そこいら辺の真っ青な葛藤に夜な夜な悶絶中の老若男女問わない中二系思考回路の持ち主には、この秋、断固オススメです。 と、いささか感情的に書き連ね過ぎたので、軽い話も少し。この実話ベースの物語、実はそこまでコッテコテの美談じゃなく、ある意味人間クサく興味深い後日談(ワイガンドの狂言説浮上などなど・・・)もいくつかあるらしく、見終わったあとに、その辺も調べてみると案外面白いかもしれません。 古巣がひた隠すタバコの有害性を訴える信念の人ワイガンド役のラッセル・クロウにも、皮肉というかいかにもハリウッドらしい後日談があります。クロウ氏、この作品の封切りから数年後に出演したテレビ番組でタバコ吸いながらインタビューに応えたらしいのですが、これがタバコ広告宣伝法っていう法律にひっかかるとのことでひと騒動になったんだとか。仕事選ぼうぜ・・・。さらにその出演番組が、映画の舞台たる『60ミニッツ』だっていうんだから、誰かがシャレで仕組んだのかってくらいに笑えない後日談で。あ、そういえば、作品内でさりげなく披露されるラッセル・クロウの流暢な日本語も、なんだか笑えて貴重な感じですので、彼が好きな人なんかは気をつけて見てみて下さい。「オネエサン、シシャモトテンプラクダサイ」。 最後に劇中で実在の『60ミニッツ』キャスター、マイク・ウォレスを演じるクリストファー・プラマーのかなりシビれちゃうセリフを。 「名声は15分で忘れ去られる。でも、汚名はそうはいかない」 やっぱり、名声やお金より大事なものってあるよなぁ・・・。 |
2008/08/27
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カテゴリ: 真剣30代!しゃべり場(宮本) :
執筆者: miyamoto (5:30 pm)
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まずは、この夏にした善行自慢をひとつ。 お盆前のある日の車内でのお話です。揺られる湘南新宿ラインに乗り込んできたのは、ボーイスカウトの一団。4〜5人の男子にそれぞれの親と見られる女性の引率者、これも同じく4〜5人、そのうちのひとりは子供たちと同じ制服を着てます。空いた座席に座る子供数人、保護者たちは立ったままです。そんな光景はさすがに見飽きているので、とっくに免疫アリなワケですが、ボーイスカウトって、キャンプ場でのテクニックやチームプレーだけじゃなく、いわゆる「規律」みたいなものも教えるところなんじゃないの?若干の嫌悪感とともにそんな思いが頭をよぎった次の瞬間、保護者のひとりの携帯電話の着信音が盛大に鳴り響きました。極めてイヤな予感・・・。保護者はなんと通話を開始したのです。・・・・・・。その目と鼻の先には例の制服をまとった子供たち。他の保護者たちも誰ひとり注意しようとはしません。 そして、トドメがやってきます。座席からあぶれた子供のうちのひとりが、地べたに座りはじめたのです。・・・・・・。それを見ても、誰も、なにも、言いません。それどころか、「アラ〜、○○ちゃん疲れちゃったかなぁ」なんて笑いあう始末。念のため、子供たちの年の頃は小学校中学年から高学年といったところです。 言ってやりましたよ、あえて制服を着た保護者狙い撃ちで!「地べたになんか座らせるな!」。青ざめた制服の女性は地べたに腰掛ける子供の手を引き、型通りの注意の言葉をかけています。・・・火の起こし方なんか教えてるヒマがあったら(まして、遅きに失しるにもほどがあるお小言などを口走ってる余裕があるのなら)それよりも先に、年長者を差し置いて限られた座席に座るという行為に少なからず違和感を覚えられるような、当たり前に健全な精神を養わせるべきだし、それよりもなによりも、自分達こそ、電車内で携帯を使うようなマネをしないよう、心がけるべきなのではないでしょうか? 若者のモラル低下がどうのこうのと言われてますが、オッサン&オバサン世代も結構キテます、最近のこの国は。まったく、ヒドイありさまで・・・。 ここからは、お口直し?に恒例のひとりよがりの自分語りをひとつ。 世間がオリンピックに沸き立つお盆明けの先日、打ち合わせからの帰り道に途中下車して、15年来の師匠に残暑見舞いがてら会ってきました。 師匠は福岡出身の九州男児、オントシとって77歳。僕の父親よりもセンパイです。「ポンキッキ」や「3時のあなた」など、昭和を生きた人間なら誰もが知っている国民的番組の多くに放送作家として携わったという、知る人ぞ知る放送界の生き字引的存在(事実この15年で会った同業者のうちのある世代を中心とした何人かにとっては名前を知っていて当然の存在でした)。 そんな師匠との出会いは、僕がハタチの時、専門学校卒業を控えた就職活動中のことです。写真の専門学校でもなんでもないのに、たかだかイチ授業で真似事程度にちょこっと楽しく写真を撮り、気まぐれな先生(六ヶ所村などで撮影を続ける活動家系の先生)にちらっとお世辞交じりに褒められただけで、その気になったハタチの単純な身の程知らずは、撮影スタジオなどを中心に数社の面接を受け、順当に撃沈するというかなりガッカリな年の瀬を送っておりました。そんなある日、学校の就職相談室のスタッフさんが、以前一度映像編集のスタジオについて問い合わせた僕のことを覚えてくれていて、「こういうのあるけど」と勧めてくれたのが、当時、某電力会社の社内テレビやPR映像を手がけていた師匠の会社だったわけです。 未経験だからという至極真っ当な理由ならともかく、散々作品見て好き勝手エラそうに評論し尽くした挙句、「あっ、車の免許持ってないならダメ」なんて変に勘繰りたくなるような感じに落とされたりしたこともあって、「まぁ、写真は趣味でもできるか〜」なんて、逆ギレも甚だしい後出しジャンケン的な理由づけをした結果、「映像の編集は趣味じゃ出来ないよな〜」って感じに(まだパソコンでお茶の間編集なんて時代ではありませんでした)そっち方面へ志望をシフトさせつつあった僕は、気軽に応募。2年生の12月に師匠のもとを訪れたのです(今考えるとかなり遅い就活ですが・・・)。 素人目にもかつてのフジテレビとの懇意な関係を想像させる曙橋の事務所で初めて会った師匠は、放送作家ということでいかにも文豪風のたたずまい。着流しなんか着てても不思議じゃない雰囲気で、年格好も含めると、その風貌はちょっと大江健三郎に似ていました。面接は、それまでの写真スタジオなどで経験していたものとは違って、極めてザックバラン。最低限、給与の話などはされたのかと辛うじて記憶している程度で、いわゆる「試されている感」や「見られている感」は恐縮するくらいに皆無の雑談形式でした。 「とりあえず、今度現場に見学に行きなさい」。緊張感ゼロの面接はそんなひと言であっさり幕を閉じ、指定された日時にのちの先輩たちが働く某電力会社の社内スタジオを訪問。実際に働くことになるかも知れない現場をサラッと見学し、数人の先輩たちと自己紹介程度の挨拶を交わしただけで、その日もあっさり終了となりました。 やがて、年は明け、新年。もう2、3ヶ月で卒業となってしまう時期です。「あの件はどうなってるのか?」。そう、率直に言って、合否の話です。まだ、なんの返事もいただいていない・・・。意を決して電話してみると、師匠直々に対応してくれ、あっさりひと言。「君のこと好きだから、いつでもおいで!」。どうやら合格のようなのです(念のため僕と師匠はそういうカンケイではありません)。 入社後の師匠とのやりとりは、とても刺激に満ちたものでした。放送作家を生業とする師匠、当然のことですが、とにかく文章に対しては徹底的にこだわります。一言一句、日々ダメ出しの嵐。でも、そのNGの出し方は、ありがちなさもセンパイ風邪吹かせた輩がストレス発散代わりに敢行しそうな頭ごなしで、ノー説明で、一方通行的な自己マン臭プンプンの赤ペンチェックなどでは断じてなく、(いささか情熱的に過ぎるとはいえ)極めて理路整然としており、指摘されてみれば、イチイチ納得のいく修正ばかりときてるから、これが妙に心地よく、オモシロイ。 同僚や先輩は言うまでもなく、クライアントからも「先生」と呼ばれるような存在である師匠。単にイチ経営者という立場とは別に、周囲の皆が師匠に対してある種畏敬の念すらも持って接している感が、図々しい子供ゴコロなりにも感じられる毎日を送っていたわけですが、そんな中、不躾な21歳は、ナレーションなどの一文を巡る、的確なダメ出しとほんのちょっとの賞賛を含む日々のやりとりがとにかく楽しいもんだから、他の人なら絶対に言わないような、言えないようなことも無神経に言ってしまうのです(今思うと我ながらちょっとひきますが・・・)。そんな恐れを知らない姿勢が幸い?したのか、それとも面白がってくれたのか、なにかといろいろと熱心にアドバイスしてくれた風に記憶しています。 天下の一部上場企業内にあって(外部社員とはいえ)、汚い長髪を振り乱して傍若無人に振る舞うハタチそこそこのペーペーは、誰の目にも鬱陶しい存在だったであろうことは、30過ぎた今に至らずとも、察するに容易いことです。そんな微妙な空気の中にあっても、師匠だけは「髪の毛、切らないでいいよ!私なんかもっと長くて下駄履きでここに来てたんだから!!」と、同じような長髪をかき乱しつつ、信じられないような武勇伝交じりで励ましてくれたり(?)なんてことも。そんなこんなのやりとりをしつつ、会社を離れたあとも続く、足掛け15年のお付き合い。 80に手が届こうかという今も、師匠はエネルギッシュそのものです。先日も向かい合うなり「どうしてgoogleにアメリカ政府のOBがいるんだ?!怪しくないか?」なんてのが挨拶に続いて出てきた最初の話題だったりするほど。ネットに凝っているらしく、2ちゃんねるのことをなぜか「つーちゃんねる」と呼ぶあたりはご愛嬌として、とにかく好奇心旺盛にして意気軒昂。著名な作家の二世さんたちが集まって作ったという同人誌の会合に論客として招かれているなんて話や、知った名前もちょくちょく登場する50年前の浅草演芸界の秘話、テレビ黎明期のちょっとココに書くのをはばかるようなギリギリの舞台裏話に至るまで。 ものの1時間程度の間に飛び交うそんな刺激的な話の数々の中で、ひと際印象に残っているのは、かの太宰治が亡くなった時の話です。師匠の旧制高校時代の先生が太宰の友人だったらしく、その日の授業開始前、沈痛な面持ちの彼は開口一番こう言ったそうです。「友人の太宰治が死んだ。今日の授業はナシだ。どうか彼の冥福を祈ってくれ」。当時の多くの若者の例に洩れず、太宰作品の熱心な読者だったという師匠は、友人たちと連れ立って酒場に繰り出し、鎮魂代わりに彼の話でおおいに盛り上がったと言います。ワイドショーもインターネットもモチロンない時代の一大事への最初の触れ方。これまた15年ほど前の話、師匠よりもふた世代ほど若い別の上司から、ジョン・レノン死去の第一報に触れた時の状況を聞きましたが、太宰治って・・・歴史上の人物でしょ、それ?! 大学時代に学んだという造船の話になぞらえて「(映像の)構成づくりは船を造るのに似てるんだよぉ!」と興奮気味に話してくれた師匠。それでも別れ際には「こんなもの全部年寄りの繰り言だよ」なんて照れ隠しでもするように寂しくつぶやいていました。師匠、またたっぷりお話を伺いにいくんで、どうかいつまでも今のまま、お元気でいられんことを。 |
2008/07/28
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カテゴリ: 真剣30代!しゃべり場(宮本) :
執筆者: miyamoto (5:12 pm)
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猛暑の中、週末は一日中冷房漬けで順調に心身ともにダメ人間へと成り下がってしまっていきつつある36歳ですが、みなさんはこの暑い中、どのようにお過ごしでしょうか? クーラー病発症5秒前の筆者、前から風の噂に「イイ!イイ!」と耳にしていた映画『ロッキー・ザ・ファイナル』をWOWOWでようやく見ました。結論から言うと、確かに良かったです!かつて、「ホーガンが出るんだって!」「ドラゴってカッコイイ!」「今度の相手はホンモノのボクサーらしいぞ!」って感じに、新作が封切られるたび、その公開を心待ちにするってクチの単純な男子だった筆者も、トホホ感百点満点の『5』を見てからは、続編の公開を望むことすら無意識のうちに放棄していたわけですが、今回の『ファイナル』放送に先がけて流された一連のシリーズをいくつか改めて見るにつけ、「やっぱり何気にオトコ心をくすぐるよな〜」と再認識させられた次第。特に登場人物のキャラが抜群に立ってる『3』や『4』(ご丁寧にゴルバチョフのそっくりさんまで出るのだ!)は結構オススメです。 そんなこんなでこころして見た完結編『ファイナル』。なにが良かったかというと、1から4まで(5はあえて除外)一貫して継承されてきた「挫折したロッキーが周りの人々に励まされて敢然とリングに向かう」というお決まりのスポ根調とは明らかに一線を画す、適度に抑制の効いた抑え目な盛り上げ方が、ロッキーを囲む登場人物たち(といっても1から継続して出ているのは事実上義兄のポーリーだけですが)の円熟ぶりとも相まって、なんとも言えずイイ感じなのです。例のほのかに中毒性のニオイすらするベタでドラマチックな煽りが堪らないって人には、ちょっと淡白感を禁じえないテイストかも知れませんが、4あたりでは露骨に鼻にツイた「アメリカ、マンセー!」的なプチ・プロバガンダ風のビミョーなノリもほとんどなく、あっさり仕立ての大人なヒューマンドラマに仕上がっていて、見る価値大アリです。個人的な必見ポイントは何気に気の効いたエンドロール。 『ロッキー・ザ・ファイナル』、見てみよっかなって思われた方は、これまでのシリーズを見たことある人も、ない人も、騙されたと思って旧作を1から順に見てから(見直してから)の方が、大袈裟ではなく倍くらい多目に楽しめるかと思いますので、かな〜り手間ではありますが、是非どうぞ!で、クドイようですが、5はむしろ見なくてもイイかなぁ。 ということで、暑いからといって、クーラー効かせて引きこもってばかりもいられないのが、オトナというもの?今年の夏もいろいろなところにオープンキャンパスの取材などでお邪魔させていただいておりますので、暑中見舞いがてら、その一部を紹介させていただきます。 6月某日 大妻中学高等学校さんにて取材。場所は市ヶ谷、靖国神社のすぐ近くです。今回のテーマは「英語教育について」。 普段、たくさんの大学さんにお邪魔していることから、比較的「若者慣れ」はしているつもりだったのですが、中学生ともなると、やはり勝手が違います。なんてったって、一年生にいたっては、ついこの間までランドセルを背負っていたわけですから、娘も同様と言っても過言ではない年頃かと・・・。 中学生英語といっても、ネイティブの先生が担当される英会話の授業などもあって、これがかなり本格的。英語がバンバン普通に飛び交うのです。隔世の感アリ・・・。 こちら、系列の大学さんが「恥を知れ」を校訓とし、自立した女性の育成を目指しているというイメージから、「生真面目」で「おとなしい」生徒さんが多くいるのかと思っていたのですが、みなさんとにかく活発。マイクを向けても「なにがおかしいの?」ってタイミングでケラケラと可愛らしく笑い出したりと、とにかく楽しそう。もちろん、箸が転がっても笑っちゃう年頃ってこともあるのでしょうが、授業中、休み時間問わず、とにかく笑顔の絶えない明るい空間。彼女達のイキイキした表情を追っているうち、あっという間に撮影終了という感じのとても楽しい一日でした。 7月某日 ご存知、東京農業大学さんで撮影。 まずは朝一番、最寄りの駅・小田急線「経堂駅」で担当者さんと合流。キャンパスまでの道のりを「アド街っく天国」風に撮影です(あのコーナー、もうないんですね・・・)。 15分ほどの道のりを撮影後、最初にお邪魔したのは、キャンパスで一番ノッポな校舎の屋上。季節柄残念ながらモヤっていて見晴らしは70点って感じでしたが、冬場の晴れた日などは新宿副都心、六本木ヒルズからレインボーブリッジに至るまで、なかなかの眺望なのだとか。・・・残念!それでも、同席いただいた屋上の管理者さん?からは「カラスとの仁義なき戦い」など都会ならではの日頃の貴重なご苦労談も伺え、個人的には朝から大満足。 続いて、そんな高層キャンパスのイチ研究室にお邪魔すると、そこには味噌やお酒をつくる学生さんたちの姿が。コレぞ、農大!研究対象が研究対象だけに、昼夜を問わない日頃の奮闘ぶりに感心しきり。女の子だって徹夜も辞さないというから、そのバイタリティに改めて感服です。好きなことをやってる人というのは、老若男女問わず、つくづく魅力的なもの。 そのほか、企業も顔負けの研究施設で乳酸菌飲料をつくる学生さんや、測量、図面作成から植栽に至るまで縦横無尽に活躍される造園科学科の学生さんたちの活躍に至るまで、多彩な方々を取材させていただきました。 7月某日 この日は一年ぶりの福岡上陸。帝京大学さん福岡医療技術学部のオープンキャンパス撮影のため、飛行機で前日入りです。 夕方に博多着。一路目指すは中洲の屋台。昨年は筆者ひとりで冒険したのですが、地元の人に薦められたとんこつラーメン屋台が、ちょっと口にあわず(おいしかったのですが、イメージと違い・・・)、その後、ボスと合流して訪れた九州料理屋さんも、いろんな意味でイマイチ(オススメを聞いたら、知らないとはいえ、鹿児島出身者にさつま揚げを出すようなお店でした・・・)だったことから、リベンジの構えで慎重に。 と言いつつもこれといったリサーチもなしになんとなく入った一軒の屋台。これが結果オーライでなかなかのお店でした。とんこつラーメンはイメージ通り、カタめの細麺で、スープもそこそこ濃厚(女性にあわせてさっぱりと・・・なんて気遣いは断固必要ナシ!)でGOOD!そして、なによりも店主のおばちゃん姉妹が気さくでなかなかパンチあるキャラクター。屋台ってやっぱりこうじゃなきゃなぁ・・・。隣に居合わせた神戸ッコカップルとも時ならぬ交流なんて、慣れないことしつつ、博多の夜は更けていきました。 翌朝、帝京大学福岡キャンパスにお邪魔。昨年訪れた際にご協力いただいた先生方も多く、順調に撮影は進みます。ここのキャンパスで学ぶ学生さんたちが目指すのは、作業療法士と理学療法士(詳しくは各自要調査)。インタビューに応じてくれた理学療法学科の男子学生さんの志望動機には甚く感心。「おじいちゃんが倒れたのがきっかけ」。その志をいつまでも大事にして欲しいものです。 撮影は極めて順調に進んだのですが、帰路にてハプニング発生!予約していた時間より大幅に早く空港に着いたため、乗る便の変更をお願いしたところ、幸運にもちょうどこれから出る便に空きがあるとのこと。ラッキー!早速、手続きしてもらったまではいいのですが、航空会社のお兄さん、見るからに手際が悪い。なにやらやたらとひとりでトライ&エラーを展開し続け、しまいには同僚の女性に助けを求める始末。そうこうしているうちに「ちょうど出る便」は「もうすぐ出ちゃいそうな便」に早変わり!荷物を預ける暇すらもなくなってしまい、スーツケースに三脚、カメラを抱えて空港内を走らされるテイタラクに憤慨!有り得ない・・・。ギリギリ間に合ったのですが、息を切らせて乗り込む我々に着席済みの皆さんから言われなき非難の視線の集中砲火が浴びせられたことは言うまでのないことで・・・。 7月某日 続いてお邪魔したのは、同じく帝京大学さんの相模湖キャンパス。こちらは薬学部の学生さんが通うキャンパスです。 相模湖は風光明媚・・・でも暑い!キャンパスは見晴らしの良い高台にあるのですが、暑さは変わらず、吹く風はほとんど熱風!汗だくになりながら、撮影を行ったわけですが、ここのオープンキャンパスでスタッフを務める学生さんの多くは大学院生ということもあって、みなさん、落ち着いたもの。挨拶もイチイチ気持ちよく、気候的には不快指数MAXの中にあっても、とても気持ちよく撮影させていただきました。 薬学と聞くとなんだか難しいイメージが先行しがちですが、ここにはとてもアイデアに満ちたイベントが用意されていて、門外漢の筆者をしても興味をそそられるものがたくさんありました。白衣を着て実際に薬の調合を体験できるコーナー、その名も「薬剤師になってみよう!」。こちらでは自分でつくった薬を持って帰ってもらうことはできない代わりに、憧れの白衣姿をインスタントカメラで記念撮影と、なかなか参加者ゴコロを心得た演出が光ります。そのほかにも、薬品の中から毒物だけを抽出する体験や(ヒ素や青酸カリまで扱ってる!)、液体窒素を使ってバラの花をパリッパリに瞬間冷却して見せてくれたりと、とってもエンタメ!ニクイぜ、薬学部!! ちなみに相模湖キャンパスでは、ケシ(!!)が栽培されているって知ってました?!何気に貴重なのです(*モチロン研究用)。 7月某日 7月最後の撮影の舞台は、帝京大学さんの宇都宮キャンパスのオープンキャンパスです。こちらでは理工学部の学生さんたちの学びに触れられます。 当日は微妙に曇天まじりだったこともあって、相模湖ほどの猛暑ではなく、ひと安心。それでも暑いのには変わりありませんが・・・。こちらでも毎年いろいろと趣向を凝らしたイベントが多く展開されていて、ちょっとした理工系テーマパークといった趣です。実際に自衛隊で使われていたという戦闘機に乗れたり(これがデカイ!)、アフリカツメガエルなんて珍しいカエルの生態に触れられたりと、ひとくちに理工学部と言っても極めて多種多様。 さらに今年からは柔道整復学科も新設されたということで、そのバラエティ度はますます加速中。模擬講義の撮影時にご挨拶させていただいた先生は今でも地元で道場を主宰されているとあって、見るからに強そう!全盛期のビッグサカの様相です(わかる人だけイメージして下さい)。それでいて、自虐的に笑いを取られるトークセンスもお持ちとあって、とてもユニーク。思わず、歪んだ身体を整えてもらいたくなっちゃいました。 イベントの多彩さもさることながら、この日一番の感心ポイントは、アフリカツメガエルの赤ちゃんを撮影する際に、あまりに小さくて四苦八苦している筆者を見かね、手近のスタンドを差出し照明役を買って出てくれた男子学生さんの気配りっぷり。こういう人と毎日働きたいよなぁ〜。 帰りはモチロン名物の餃子をペロリ!前夜に実家で母お手製の餃子を食べていたことも忘れさせるほどの美味っぷりでした。あ、でも、宇都宮餃子、どこの店も美味しいわけではありませんので、くれぐれもご注意を。 |
2008/06/23
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カテゴリ: 真剣30代!しゃべり場(宮本) :
執筆者: miyamoto (5:09 pm)
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先日、信号待ちで遭遇した20代半ばらしき女性二人組の会話(盗み聞きしたわけではありませんが・・・)。 「オトコはやっぱり年収○○くらいないとねぇ・・・」。 筆者、「オトコ」とか「オンナ」っていう言い方が、どうにも肌に合わないため、そんな言葉を耳にした瞬間、「う〜ん」って具合に拒否反応ムンムンだったわけですが(その年収の金額設定に異を唱えたいってわけではありません)、そのあとに続いた言葉に思わずニヤリ・・・。「Aさんと飲みに行くと、そんな話ばっかでイヤなんだよねぇ」。さらに続いた「でも、結局おごってもらっちゃうから、イイんだけど!」なんていうアッケラカンとした言いっぷりに、思わず横向いて当人たちに笑いかけてしまいました。早合点は良くない、良くない! 映画『幸せのちから THE PURSUIT OF HAPPYNESS』(2006年アメリカ) 監督:ガブリエレ・ムッチーノ 出演:ウィル・スミス タンディ・ニュートン ジェイデン・クリストファー・サイア・スミス こちら、劇場公開当時、人気俳優 ウィル・スミスが実の息子と共演したことでも話題になった作品。例によって簡単なストーリー紹介をしますが、今回はいつにも増してネタバレ注意報ビンビンにつき、各自要注意のうえ、よろしくお願いいたします。と言っても、物語の流れや結末を知ったうえで見ても十分に楽しめる一本ですので、どうかお気になさらず。なんてったって、実話に基づいてるってのが、まず、イイ! 舞台は80年代。ウィル・スミスが演じるのは、骨密度を測定する(マニアック!)機械のセールスマン・クリス。妻と子と暮らすが、思い通りにいかない売り上げ状況もあって慢性的に台所事情は火の車。そのため、共働きの妻とはなにかと衝突しがちで、重たい機械片手に息子を託児所へ送り迎えするという悪戦苦闘の日々を送っていた。そんな家賃の支払いもおぼつかないある日、クリスはある証券会社の「株仲買人養成コース」というものの存在を知る。選ばれた20人の受講者の中から半年後に本採用されるのは、たったひとりという狭き門。それでも、高卒ながらかつてはは成績優秀だったという自負があるクリスは、一念発起。あざ笑う妻を尻目に受講を決意。しかし、前後して妻は家を出、肝心の面接前夜に駐車違反の罰金未払いの罪で投獄されるという窮状にまで陥ってしまう。さて、督促状の山と愛する息子を抱えたまま挑む、クリスの挑戦の結果やいかに? って感じのお話です。この作品、公開当時は子役を演じる実の息子のかわいらしさと如才ない演技ぶりばかりがクローズアップされていたような気がしますが、どうしてどうして、ストーリーだけでも十分に楽しめる名作です。ここからは更なるネタバレ注意を肝に銘じたうえでよろしくお願いします。残念ながら試験には落ち、ホームレスにもなりましたが、その後もクリスは息子と仲良く暮らしたとさ・・・なんてちっとも笑えないお涙頂戴の格差物語だったら、多分映画化なんかされなかったわけで、いかにもアメリカチックなそのベタな結末は推してしるべしなわけですが、この映画、クライマックスに至るまでのその紆余曲折が、とにかくオモシロイ! ウィル・スミス演じるクリスの失敗と不運の数々はどれも人間臭く、親近感とリアリティ(実話なんで当たり前ですが)に満ちたものばかり!願書を出しに行くのに商売道具のバカでかい骨密度計測機はなんとも不格好・・・、そこでクリスが思いついたのは、会社の前の街頭で弾き語りをするストリ−トミュ−ジシャンに預けるという、誰が見てもヒヤヒヤもののタイトロープ的奇策。フツーに考えて、ヤバイだろ、ソレ!?案の定、あっさり持ち逃げされるわけですが(盗んだところでそんなものどう使うの?)・・・。そんなこんながありつつも、首尾よく面接をクリアできそうなのはいいのだけれど、いざ説明を聞いてみると、「見習い期間は無給?それじゃ考えさせてください」・・・って、クリス!それって、事前にちゃんとチェックしとかなきゃジャン!!サバ読みグラドルでお馴染みのサラ金CMのキャッチコピーじゃあるまいし・・・。他にも彼は「ウダツあがんないはずだよ・・・」って感じの信じられないトンデモ対応を、作品の随所で展開して見せてくれます。クリス、とりあえず、落ち着いて!そのどれもがみな全然笑えないものばかりなのだけれど、妙なスリルに満ちていて、ホントに見る者を飽きさせません。 でも、早い話、コレって、ナガシマシゲオのファインプレーといっしょで、ヒロオカ(ここでは、常識的で人並みに堅実な人の意)ならピンチになる前にしっかり無難に捌いちゃうもんだからまるで味気なく見えちゃうようなことも、自分のミスのせいでドタバタ右往左往して劇的に(大袈裟に?)見せちゃうっていう(当人は無自覚なのでしょうけれど・・・)、ある種の自作自演的なハラハラ寸劇ではあるんですけど・・・。あなたの周りにもそういう人、いませんか?頼んでもいないのに徹夜して、「イヤ〜、限界ッス!」ってひとり身勝手な陶酔と被害者意識に満ちた自己申告してくるんだけど、よくよく見れば、やることやってりゃフツーの時間にアガれるじゃん?って感じの人。 クリス、悪いけど、そりゃ奥さんも逃げるって・・・。そんな感じの様々な空回りを見せつつ、試験合格、イコール窮地からの脱出を目指し、親子揃ってホームレスになりながらも、息子の手を引き引き一心不乱に日々奮闘するクリス。感動とは別に、勉強ができるのと実生活をまっとうに送れるかどうかっていうのは、つくづく別次元のお話なんだよなぁ・・・と今更ながら再認識させられることしばしの展開。 それでも、この人、ここ一番ではかなりイカした社会的反射神経を見せることで窮地を免れ、いわゆるピンチをチャンスに変えちゃう一発逆転の数々を見せてくれちゃうわけだから、やっぱりキレる人なんでしょう、本質的には。そんな手に汗握る痛快な展開は、間違いなく作品の大きな見どころのひとつです。例えば、試験に臨むにあたって自身の学歴の乏しさをカバーするために彼がとった奇策(この人、基本的に奇策ラッシュなわけですが)は、会社の前で担当者を待ち伏せして同じタクシ−に乗り込むというもの。早い話、ストーカーか?!って感じの作戦ではありますが、この辺の押しの強さはさすがセールスマン、堂に入ってます。一見ギリアウトに見えるような数々の奇襲作戦敢行の結果、幸運を掴んじゃうわけだから、時と場合によっては「とりあえず前に出てみる」ってのもひょっとしてアリ?!なんて思っちゃう小心者の筆者でした。 そして、見逃せない見どころのひとつでもある面接シーンでも、彼は見事にウルトラCを決めてみせるのです。前述したように、前夜は留置所で一泊、晴れて自由の身となったところで家に帰って身づくろいをしている時間的余裕などまったくないという抜き差しならない状況。まして間が悪いことに、しょっぴかれるその時、彼は部屋のペンキ塗りをしていたため(家賃の支払いを先送りしてもらうための代償)、身体や髪の至るところに白いペンキがべったりついたままという、とてもじゃないけれど面接に赴くような格好じゃないっていうおまけつき。そんな彼の非常識な姿を見て仰天しつつも質問を続ける経営陣。見てるこっちの息が詰まりそうな面接の最後に、社長はあきれた口調のまま、クリスにこう聞きます。「君はシャツも着ないで試験に来るような男を私が合格にしたとしたら、どう思う?」。その問いに対する彼の返答は、ユーモアのセンスと頭の回転ってつくづく大事だなぁ・・・と思わせる至極のひとことです。この場面だけでも必見に値します。 タイトルにある通り、この作品のキーワードは「幸せ」。言うまでもなく人それぞれに幸せの基準というものはあることでしょう。クリスは作品中でこんなことを言っています。件の証券会社から出てくる人々を見ての回想。まだ試験を受ける前の話です。「忘れもしない。みな幸せそうな顔をしていた」。会社の中に入れば、一日中電話の音がけたたましく鳴り響き続ける戦場のような職場。決して甘い世界ではないでしょう。それでも一歩会社を出れば人々はみな笑顔。それを見ているだけの自分は、家賃の支払いにも四苦八苦で夫婦喧嘩も日常茶飯事。・・・幸せって一体なんだろう?そのとき、クリスは養成コース受験を決意するのでした。 意地悪く言えば、アメリカ人がさも好きそうなサクセスストーリーに過ぎないのかも知れません。けれど、トンチの効いたセリフの数々、実力主義的価値基準、その一方でしっかり用意されている敗者復活の機会の平等、そして、そこに向かって懸命に努力し続けるひとりの男の姿とその結末を見ると、アメリカ人って、アメリカって、なんだかとても健康的!なんて思ったり思わなかったり。どこぞの国が格差社会だなんて聞いて呆れるわ!努力しようよ、努力!!とか言った日にゃあ、その筋の人たちに烈火のごとく怒られちゃうんでしょうけれど、それが見終わったあとの率直な感想だったりするってのも、また事実。で、蛇足ですが、何気に気になるのは、主人公と奥さんはその後復縁したのかどうかってこと。実話と聞くと、ちょっぴり気になります。 「あんまり重い感じじゃなくて、見終わったあとにちょっとイイ気分になれるような映画見たいなぁ」って感じの若干お疲れモードな人には特にオススメ。ネタバレ後でも十分楽しめる保証つきです。あっ、表題にある「Happyness」は、筆者の学のなさ故のつづり間違いではありませんので、念のため。それもこれも、見ればわかるさ! |





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